毎朝決まった時間に家を出て、夕方に帰ってくる。ご両親の働く姿は、子どもにとってあまりにも当たり前の風景でした。けれど、その仕事が具体的にどんな内容で、どんな苦労や誇りがあったのかを、改まって聞いたことはあるでしょうか。身近な存在であるほど仕事の話はかえって尋ねにくいものです。
ご両親が歩んできた働き方には、その時代の暮らしやご本人の人柄がそのまま映し出されています。それは、ご家族にとってかけがえのない物語の一部です。ご両親の仕事の記憶を構えずに聞き出していくための問いかけと、聞いた話を残していくための工夫を書きました。
まずは「最初の仕事」から尋ねてみる
話の糸口に迷ったら、ご両親が初めて就いた仕事のことから尋ねるのがおすすめです。人生で最初の職場の記憶は誰にとっても鮮やかに残っているからです。
「初めてもらったお給料で何を買った?」「初出勤の朝、どんな気持ちだった?」。そんな具体的な問いは当時の情景をぱっと呼び起こします。昔は給料が現金で、茶封筒の給料袋にそのまま入れて手渡されました。袋の厚みを確かめた日のこと、初任給で親に贈り物をした話など、思いがけないエピソードが次々とあふれてくることもあります。
一日の働きぶりを、場面ごとに思い出してもらう
仕事の中身を聞くときは、「どんな仕事だった?」と大きく尋ねるより、一日の流れを場面ごとにたどってもらうと記憶がよみがえりやすくなります。
「何時に家を出ていた?」「通勤はどうやって?」「お昼は何を食べていた?」。満員電車に揺られた話、自転車で通った田んぼ道、職場の食堂や持参のお弁当の話。仕事そのものだけでなく、その周りにあった日々の暮らしまで聞けると、ご両親の働く姿がいきいきと立ち上がってきます。
苦労や誇りに、そっと耳を傾ける
仕事の話で最も心に残るのは、その人がどんなことに苦労し、何を誇りに思ってきたかという部分です。出来事だけでなく、そのときの思いまで尋ねてみてください。
「いちばん大変だったのは、どんなとき?」「やっていてよかったと思えた瞬間は?」。厳しい上司や得意先とのやりとり、徹夜で仕上げた仕事、お客さんに感謝された出来事。語るうちに、ご本人の表情がやわらいでいくことも少なくありません。うまく言葉にならない間があっても、急かさずに待つ姿勢が深い話を引き出します。
時代の移り変わりも、一緒に話題にする
ご両親の働き方には、その時代ならではの道具や習慣が深く関わっています。当時の仕事の風景を尋ねると、昭和・平成の暮らしそのものが見えてきます。
そろばんや手書きの帳簿、黒電話での取り次ぎ、タイムカードを押す朝。出張みやげを手に帰ってきた夜や、職場の慰安旅行、定年の日に贈られた花束。そうした場面の一つひとつが、今とはまるで違う働き方の記憶です。「今の仕事のやり方とは、ずいぶん違ったでしょう」と水を向ければ、昔と今をくらべる楽しい昔話に広がっていきます。
聞いた話は、その日のうちに書き留めておく
ご両親から聞いた仕事の話は、記憶が新しいその日のうちに、短くてよいので書き留めておくことをおすすめします。印象に残った言葉ほど、時間がたつと細部が薄れてしまうからです。
手帳に数行のメモでも、スマートフォンの音声録音でもかまいません(録音は必ずご本人の了解を得てから)。少しずつ書きためた記録は、やがてご両親の歩みをたどる一冊の物語になります。当社の『想い伝』は、人生を振り返る問いに沿って答えを書き進めるだけで一冊にまとまるサービスで、こうした聞き書きの心強い道しるべになります。何から尋ねればよいか迷うときの入口として、お役立てください。
ご両親の仕事の話を聞くことは、その人がどんな道を歩み、何を大切にしてきたかを知ることでもあります。働く姿の向こうにあった思いに触れたとき、これまで知らなかったご両親の一面に出会えるはずです。
「忙しそうだから」「照れくさいから」と先延ばしにしているうちに聞く機会は静かに過ぎていきます。まずは一度、お茶でも飲みながら「最初の仕事って、どんなだったの?」と尋ねてみてください。その何気ない問いかけが家族の物語をつむぐ始まりになります。