「ご用はありませんか」。そんな声とともに、酒屋さんや米屋さんが勝手口まで注文を聞きに来てくれた時代がありました。豆腐屋さんのラッパ、納豆売りの声、夕方になると聞こえてくる「さおだけ屋」の独特の節回し。買い物は店に出かけるだけでなく、町のほうから家にやってくるものでもありました。
あの頃の買い物は、人と人とのやりとりそのものでした。なじみの店の主人が顔を覚えてくれて、「奥さん、今日はいい魚が入ったよ」と声をかけてくれる。今はスマホで頼めば翌日には玄関先に荷物が届きます。便利になった今と、人の声でにぎわっていた昔。買い物の風景がどう移り変わってきたか、一緒に思い出してみましょう。
注文のしかた=御用聞きが来た日と、スマホで頼む今
決まった曜日になると、自転車に乗った酒屋さんが「ご用聞きに参りました」とやってきました。台所まで上がって、「お醤油があと少しですね」「お米はそろそろどうですか」と、こちらの暮らしぶりを見ながら御用を伺ってくれたものです。注文は口で伝えるだけ。あとは届けてもらうのを待つだけでした。
今は買いたいものを思いついたら、その場でスマホの画面を指で選んで注文できます。お店の開いている時間を気にする必要もなく、夜中でも早朝でも頼めます。便利になった一方で、あの「ご用はありませんか」というひと声は、今もどこか恋しいものです。
売りに来る人=行商の売り声と、宅配便のトラック
朝は豆腐屋さんの「プーッ」というラッパの音で、鍋を持って走り出たものです。天秤棒をかついだ魚屋さん、リヤカーいっぱいに野菜を積んだ八百屋さん、「なっとう、なっとう」と声を張り上げる納豆売り。夕暮れには「たけや〜、さおだけ」の声がのんびりと流れてきました。家にいながら、町じゅうの売り声で季節や時間を感じられたのです。
今、家の前に止まるのは宅配便のトラックです。運転手さんが台車に荷物を積んで、玄関のチャイムを鳴らしてくれます。売り声の代わりにインターホン越しの「お届けものです」。届けてくれる人がいる、という温かさは、形を変えながらも今に受け継がれています。
薬の備え=富山の薬売りの置き薬と、必要なときに買い足す今
大きな柳行李を背負った富山の薬売りが、年に何度か家を訪ねてきました。紙風船を子どもにくれるのが楽しみで、薬箱を開けては「今回はこれだけ使いましたね」と一つひとつ数えて、使った分だけ代金を払う仕組みでした。風邪薬や胃腸薬、絆創膏まで、いざというときの備えが家にそろっていた安心感がありました。
今は近所の薬局やインターネットで、必要になったときに必要な分だけ買えます。置き薬の箱はあまり見かけなくなりましたが、「先用後利(せんようこうり)」と呼ばれたあの仕組みは、お客さんを信用することから成り立っていました。紙風船をふくらませた記憶のある方も、きっといらっしゃるでしょう。
支払い=通い帳のつけ払いと、キャッシュレス決済
なじみの店では、買うたびにお金を払うのではなく、店の主人が「通い帳」に品物と金額を書きとめてくれました。そして盆と暮れの年二回、まとめて精算するのが習わしでした。お互いの信用があってこそ成り立つやりとりで、帳面に名前が書いてあること自体が、その町で暮らす一員である証のようなものでした。
今はレジでカードをかざしたり、スマホの画面を見せたりすれば、その場で支払いが終わります。お財布から小銭を出す手間もなくなりました。便利さは比べものになりませんが、年の瀬に通い帳を片手にあいさつを交わした、あの人情味あふれるやりとりも懐かしい思い出です。
届くまでの時間=御用聞きを待った日と、翌日配達
醤油が切れても、御用聞きが来る曜日まで待つのが当たり前でした。「明日は酒屋さんが来る日だから」と、買い置きの加減を考えながら暮らしていたものです。すぐには手に入らないからこそ、ものを大切に使い、計画的に蓄えておく知恵が自然と身についていました。
今は注文した翌日には荷物が届き、お米や飲み物の定期便を頼んでおけば、決まった日にまとめて玄関先に届けてくれます。待つ時間がぐっと短くなった分、暮らしのゆとりも生まれました。とはいえ「あと一日待てば来る」とのんびり構えていた、あのおおらかな時間の流れも今思えば豊かなものでした。
選び方と受け取り=店の主人のすすめと、レビューを見くらべる今
「これが今いちばんおいしいよ」。店の主人のひと言が、何よりの判断材料でした。長年の付き合いの中で、こちらの好みを分かったうえですすめてくれる。受け取りも、誰かが家にいて「ご苦労さま」と手渡しで受け取るのが当たり前でした。顔を合わせるやりとりが、買い物の中に自然と織り込まれていたのです。
今は買う前に、たくさんの人の感想や口コミを画面で読みくらべて選べます。受け取りも、留守のときは玄関の宅配ボックスが預かってくれたり、ネットスーパーで届く時間を自分で選べたりします。家を空けていても買い物ができるのは、共働きや外出の多い暮らしにありがたい仕組みです。便利さと、顔の見えるやりとり。それぞれに良さがあったのだと感じます。
「そういえば、うちにも富山の薬売りが来ていたね」「豆腐屋のラッパで鍋を持って走ったわ」。買い物の昔話は、家族みんなで楽しめる話題です。お子さんやお孫さんにとっては、御用聞きも通い帳も、まるで物語のように新鮮に響くかもしれません。
便利な今も、人の声でにぎわった昔も、どちらにもそれぞれの良さがあります。次にご家族が集まったときには、「昔はどうやって買い物していたの」と、ぜひ思い出話に花を咲かせてみてください。なつかしい町の売り声が、きっとよみがえってきますよ。