台所の隅に据えられたかまどや、庭先にころんと置かれた七輪。薪がぱちぱちとはぜる音、立ちのぼる煙のにおい、ふっくらと湯気を上げるお釜のふた。そんな煮炊きの風景を、なつかしく思い出す方も多いはずです。ご飯を一度炊くにも、火をおこすところから始まる時代でした。
今の台所では、炊飯器のスイッチをひとつ押すだけで、火を使わずに温かいご飯が炊き上がります。かまどや七輪から炊飯器やIHへ、煮炊きの道具はずいぶん様変わりしました。当時の手間や工夫を思い返しながら、道具の移り変わりをたどってみましょう。
かまど・七輪の火加減と、スイッチひとつの今
かまどの前にしゃがみ、炎の勢いや釜から立つ湯気の様子を見ながら、くべる薪を足したり引いたりする。『はじめちょろちょろ、なかぱっぱ』という炊き方の言い伝えを口ずさみながら、火の強さを加減した方もいるでしょう。七輪では炭の赤みぐあいをうちわであおいで整えました。火加減はまさに手仕事で、うまく炊けたときのうれしさもひとしおでした。
今の炊飯器は内部で温度を細かく調整してくれるので、火のそばに張りつく必要がありません。IHクッキングヒーターも、ダイヤルやボタンで火力を数字のように選べます。目と勘で覚えた火加減が、今は機械の中に収まっているのです。
火をおこす手間と、予約で好きな時間に
朝はまだ暗いうちに起き、かまどに火を入れて湯気が上がるのを待つ。ご飯が炊けるまでのあいだに、みそ汁の支度やおかずの用意を進めたものです。炊きたてをそのままにしておくと冷めてしまうので、おひつに移して保温したり、残りは翌朝おかゆやおじやにしたりと、工夫がありました。
今は前の晩にお米と水をセットして時刻を予約しておけば、起きるころには炊き上がっています。保温にしておけば昼も夜も温かいまま。火をおこす時間そのものが、暮らしから消えていきました。
火吹き竹と、ボタンひとつの着火
火吹き竹は、一方の端に小さな穴があいた竹の筒です。くすぶる薪や炭に息を送り込むと、赤い火の粉がぱっと舞い上がり、炎が育っていきます。煙が目にしみて涙が出たり、なかなか火がつかずにやきもきしたり。マッチや新聞紙、細い焚きつけを重ねて、少しずつ火を大きくしていく段取りが必要でした。
今の炊飯器やIHは、電源を入れればすぐに加熱が始まります。火吹き竹で息を送る場面も、火種を絶やさないよう気を配る場面もなくなりました。あの独特の道具を覚えている方には、なつかしい光景ではないでしょうか。
七輪で焼いた魚・餅と、グリルやホットプレート
七輪を外に持ち出すのは、煙やにおいが家の中にこもらないようにするためでした。網の上でさんまがじゅうじゅうと脂を落とし、正月には角餅がぷっくりとふくらむ。近所からただよう焼き魚のにおいが、夕暮れの合図のようでもありました。うちわであおいで火勢を整えながら、焦がさないよう見守ったものです。
今は台所のグリルで魚が焼け、ホットプレートを囲めば家族みんなで焼き物を楽しめます。炭を熾す準備も、灰の始末もいりません。それでも炭火で焼いたときの香ばしさを、なつかしく語る方は少なくありません。
おこげと薪の香り、今のおこげモード
かまどで炊いたご飯は、釜の底がこんがりとおこげになり、香ばしくてぱりっとした食感が人気でした。おこげをめぐってきょうだいで取り合った、という思い出をお持ちの方もいるでしょう。薪の煙がほんのり移った香りも、その時代ならではの味わいでした。
近ごろの炊飯器の中には、あえておこげを作る炊き分けメニューを備えたものもあります。土鍋のような炊き上がりを目指した製品も並びます。すっかり便利になった今も、あの香ばしさが忘れられず、おこげを求める気持ちは受け継がれているのかもしれません。
毎日の火の始末・灰の掃除と、手軽な後片付け
炊事が終われば、燃え残った薪や炭の火を消し、たまった灰をかき出す。灰は畑の肥やしにしたり、あく抜きや掃除に使ったりと、無駄なく役立てました。火の不始末は火事のもとですから、寝る前には必ず火の元を確かめる。煮炊きは、片付けまで含めて一日の大切な務めでした。
今は炊飯器なら内釜を洗うだけ、IHなら天板をさっと拭くだけで片付きます。灰も煙も出ず、火の元を案じる場面も減りました。手間が省けたぶん、あのころ火とともにあった暮らしのていねいさを、なつかしく思い返すのもよいものです。
かまどや七輪で火を見ながら煮炊きした時代から、炊飯器やIHでスイッチひとつの今へ。道具は変わっても、家族に温かいご飯を用意したいという気持ちは、昔も今も変わりません。
『火吹き竹、うちにもあったね』『おこげの取り合いをしたね』。そんな昔話が、ご家族の食卓をにぎやかにしてくれます。ぜひこの機会に、思い出の煮炊きの風景を語り合ってみてください。