茶の間の片すみに置かれた足踏みミシン、ふたを開けると糸巻きやまち針がきちんと並んだ針箱。かつての家庭では、衣類は「買うもの」であると同時に「手入れして着つづけるもの」でした。ズボンのひざが薄くなればあて布をあて、シャツのボタンがとれれば付け直し、一枚の服を家族で長く大切に着たものです。
今はお店に行けば、色もかたちもさまざまな既製服が手ごろな値段で並んでいます。手軽で便利になった一方で、針と糸を手に取る機会はぐっと減りました。ここでは、衣類の手入れをめぐる昔と今のうつりかわりを、なつかしい情景とともにふりかえってみましょう。
家庭のミシンと、お店の既製服
足踏み式のミシンや、後には電動ミシンが茶の間や縁側に据えられ、母親がカタカタと音を立てて布を縫う姿は見なれた光景でした。エプロンや通学用のふくろ、カーテンのすそ上げまで、ちょっとしたものは家で仕立てたものです。
今は近所の洋品店やショッピングモール、通信販売で、できあがった服をそのまま選んで買えます。サイズをあわせて縫う手間がいらず、その日のうちに新しい一着を着られる手軽さがあります。
ほころびを繕う、ボタンを付け直す
くつ下のかかとに穴があけば、電球や木のこけしを中に入れてかがり縫いをし、ズボンのひざにはあて布をあてました。とれかけたボタンは糸をしっかり巻いて付け直し、すそがほつれれば手縫いでまつり直したものです。
今は一着の値段が手ごろになり、少し傷んだら新しいものに買い替えるという選び方も広がりました。繕う道具も技も、暮らしの中で使う場面がずいぶん減っています。
針箱と糸巻き、まち針のある暮らし
ふたを開けると、色とりどりの糸巻きが並び、指ぬき、糸切りばさみ、待ち針を刺した針山がおさまっていました。ボタンをまとめた小さな缶や、はぎれをためた袋も、どの家にもあったものです。
今はボタン付けなどの手直しをお店に頼めることもあり、家に本格的な裁縫道具をそろえない家庭も珍しくありません。針箱そのものを見かける機会も少なくなりました。
子どもの服や小物の手作り
入園入学の季節になると、母親たちは布を買ってきて、通園バッグや上ばき入れ、給食袋をミシンで縫いました。手編みのセーターやスカート、おそろいのワンピースなど、その子だけの一着が家で生まれたものです。
今は同じような通園グッズも既製品として売られ、ネットで注文すれば翌日には届きます。名前の刺しゅうまで頼めるお店もあり、手をかけずにそろえられるようになりました。
布や糸を使い回す工夫
着られなくなった大人の服をほどいて子ども服に縫い直したり、はぎれをつないで座ぶとんカバーやぞうきんにしたりと、布はとことん使い切りました。ほどいた糸を巻き直してまた縫い物に使うこともありました。
今はお店に行けば、季節ごとにさまざまな色やデザインの服が手ごろな値段で並びます。用途に合わせて選べる豊かさがあり、一枚一枚を仕立て直す必要は少なくなりました。
繕いものと、家族のひととき
夜になると、ラジオや白黒テレビの音を聞きながら、母親が針を動かす。その傍らで子どもが宿題をしたり、家族がとりとめのない話をしたり。繕いものは、そんな団らんのひとときにそっと寄りそっていました。
今は洋服のお直し専門店やクリーニング店で、すそ上げやボタン付けを手早く頼めます。便利になった分、家族が同じ部屋で針仕事をながめる時間は、少しずつ思い出の中のものになりました。
針箱のふたを開けたときのにおい、母親が縫ってくれた通園バッグ、初めてボタンを付け直せた日のこと。衣類にまつわる手仕事の思い出は、人それぞれに温かい情景をともなっているものです。
「うちにもこんな足踏みミシンがあったね」「あのくつ下、よく繕ってもらったなあ」。ご家族やお友だちと、そんな昔話をゆっくり語り合ってみてはいかがでしょうか。なつかしい一枚の服から、思いがけない思い出話が広がっていくかもしれません。