1970年の春、大阪の千里丘陵に世界中の人が集まりました。日本万国博覧会、いわゆる大阪万博です。岡本太郎さんがつくった太陽の塔が青空にそびえ、その大きさと不思議な顔立ちに誰もが見上げました。会場では各国のパビリオンが並び、見たこともない展示や乗り物に、家族そろって胸をおどらせたものです。
あれから半世紀あまり。2025年には大阪・関西万博が開かれ、ふたたび大阪に世界の目が向きました。同じ「万博」という言葉でも、会場のようすや楽しみ方はずいぶん変わりました。あの夏の行列や人いきれを思い出しながら、昔と今をゆっくりくらべてみましょう。
開かれた年と場所
1970年の会場は千里の丘で、夏の暑い日にも長い列ができ、入場者の数は連日ニュースになりました。家族で電車を乗り継ぎ、お弁当を持って出かけた方も多いでしょう。
2025年は同じ大阪でも海に近い場所が舞台となり、半世紀をへて「もう一度大阪で」と、当時を知る世代には感慨深い再会となりました。
会場の目印・シンボル
1970年は「あの塔の下でね」と約束して、はぐれた家族が太陽の塔のふもとで落ち合いました。人混みの中、塔の高い背中を頼りに歩いた記憶のある方もいるはずです。
今の万博でも、思わず写真を撮りたくなる大きな建物や愛らしいキャラクターが用意され、人が集まる中心になっている点は今も昔も変わりません。
話題の展示
1970年、アポロが持ち帰った月の石をひと目見ようと、何時間も並んだ話は語りぐさです。炎天下、汗をふきながら順番を待ち、ガラス越しに見た小さな石に「これが月から」と胸が高鳴りました。
今の万博では、画面にふれて動かす展示や、その場で体験する仕掛けが人気を集め、並んででも見たいという気持ちは時代をこえて同じです。
掲げたテーマ
1970年は、これからの世の中はどうなるのだろうと、誰もが明るい未来を夢見た時代でした。「人類の進歩と調和」をかかげ、会場で見た展示の一つひとつが、その夢を形にして見せてくれました。
今の万博でも、これからの暮らしや社会をどうつくるかが大きな話題となり、世界の国々がそれぞれの考えを持ち寄っている点は、あの頃と通じ合っています。
会場での移動と案内
1970年、足を止めていても前へ進んでいく動く歩道は、それ自体が見もので、乗るだけでわくわくしました。広い会場を地図を片手に歩き回ったのも、よい思い出です。
今は手元の小さな画面で人気の展示を前もって予約し、待ち時間を確かめながら効率よく回れるようになりました。
入場や支払い
1970年は、窓口で買った紙の券を手に門をくぐり、会場の食堂や売店ではお財布から小銭を出しました。記念にとっておいた半券や、買い求めたバッジを今も大切にしている方もいるでしょう。
今は画面に表示した券で入場し、買い物もカードや画面でさっと済ませる場面が増えました。
未来の見え方
1970年、相手の顔が画面に映る電話や、見たこともない大きさのテレビを前に「いつかこんな世の中に」と思った方も多いはずです。
ところが今では、画面ごしに孫の顔を見ながら話すのも、ごく日常のひとこまになりました。あの日の会場で夢見た未来が、いつのまにか手の中に届いているのです。
太陽の塔を見上げ、月の石に並んだあの夏を覚えていますか。動く歩道に乗ったこと、家族で食べたお弁当のこと、思い出はきっと一人ひとり違うはずです。アルバムや当時のパンフレットを開きながら、おじいちゃんおばあちゃんが見た万博の話を、ぜひお孫さんに聞かせてあげてください。あの頃の「未来」が今どうなったかを語り合えば、世代をこえた楽しいおしゃべりのひとときになるでしょう。