スイッチを入れれば部屋が明るくなり、蛇口をひねればお湯が出る。今ではあたりまえのことですが、ほんの何十年か前まで、家のなかに新しい電化製品が一つ届くだけで、家族みんなの暮らしがぱっと変わったものでした。なかでも白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫は「三種の神器」と呼ばれ、どの家でもいつかは欲しいと夢にみた、あこがれの品でした。
夕方になると近所の人が集まってテレビの前に座り、配達の日には家じゅうが沸き返る。そんな一台一台にまつわる思い出は、その家ごとに少しずつ違っています。あなたのお宅では、どの品がいちばん最初にやってきたでしょうか。届いた日のことを、ゆっくり思い出してみてください。
三種の神器という、あこがれ
高度成長期と呼ばれたころ、テレビ・洗濯機・冷蔵庫はまとめて「三種の神器」と呼ばれ、暮らしを豊かにする目標そのものでした。お店のショーウインドーをのぞいては、いつかうちにもと胸をふくらませ、ひとつ買えば次はあれ、と家族で相談したものです。一台が届くたびに暮らしが一段ずつ良くなっていく、その手ごたえがうれしい時代でした。
今は、薄型テレビや大型の冷蔵庫がいくつも家のなかにあって、それがあたりまえになっています。
テレビの見方=街頭テレビから配信まで
駅前や商店街に置かれた街頭テレビには、相撲やプロレスの中継があると黒山の人だかりができました。テレビのある家には夕方になると近所の子どもや大人が集まり、座布団を並べて肩を寄せ合いながら画面を見つめたものです。映りが悪くなるとアンテナをいじり、「もう少し右」「そこで止めて」と声をかけ合う。その時間そのものが、ご近所のつながりでした。
今は、薄型の大画面が部屋ごとにあり、配信でひとりでも好きな番組をいつでも見られます。
冷蔵庫=氷の箱から自動製氷へ
氷屋さんがリヤカーで氷を運んできて、ノコギリで切り分けてくれる。その氷を冷蔵庫の上段に入れ、溶けた水を受け皿にためては捨てる、というのが毎日の仕事でした。電気冷蔵庫がやってきた日には、氷を待たなくても冷たい麦茶が飲めることに家族で驚いたものです。夏のスイカやアイスキャンディーが、ぐっと身近なごちそうになりました。
今は、自動で氷ができる大きな冷蔵庫が、音もほとんどたてずに静かに働いています。
洗濯機=二槽式からドラム式へ
二槽式の洗濯機が届くまでは、たらいと洗濯板でごしごしと手洗いをしていたお宅も多いものです。洗濯機が来てからは、洗いの槽でぐるぐる回し、もう一方の脱水槽へ移してハンドルやスイッチで水を切る。脱水のときに本体がガタガタと動いて、上から手で押さえた、という思い出もよく聞きます。手間はかかっても、重い水仕事がぐっと楽になった、ありがたい一台でした。
今は、ドラム式の洗濯乾燥機が、洗いから乾燥まで一台でこなしてくれます。
届いた日=家じゅうのお祝い
トラックから運び込まれる大きな箱を、子どもたちは目を輝かせて取り囲みました。据え付けが済むと家族で記念に眺め、近所の人が「見せてもらいに来たよ」とのぞきにくる。新しい一台は、その家の自慢であり、ちょっとした晴れがましい出来事でした。届いた日の写真を、今も大切にアルバムに残しているお宅もあるでしょう。
今は、買い替えても淡々と設置を済ませ、その日からふつうに使い始めます。
一台を長く=持つ数の変わりよう
テレビのチャンネルは家族で順番に相談し、冷蔵庫の開け閉めは「早く閉めなさい」と声がとぶ。一台をみんなで分け合って使うので、自然と家族が同じ部屋に集まりました。調子が悪くなれば電気屋さんを呼んで直してもらい、十年でも十五年でも使うのがあたりまえ。一つの品を長く使ううちに、いつしか家族の暮らしの一部になっていきました。
今は、リビングにも寝室にも子ども部屋にも、と部屋ごとに何台も置けるようになりました。
値段の感覚=お給料の何か月分
ボーナスをあてにしたり、月々の分割払いで少しずつ支払ったりして、ようやく一台を迎え入れる。それだけに、届いた品をふくときの手つきにも力がこもりました。高い買い物だったからこそ、一台一台に物語が生まれ、何年たっても「あれを買ったときはね」と語り草になるのです。
今は、種類も増えて値段もこなれ、ずいぶん手の届く身近な道具になっています。
こうして並べてみると、一台の電化製品が届くということが、昔はどれほど大きな出来事だったかが伝わってきます。街頭テレビに集まった夕暮れ、氷屋さんを待った夏の日、配達のトラックを囲んだあの朝。どれも、その家ならではの思い出です。ぜひご家族で、わが家に最初にやってきたのはどの品だったか、届いた日に誰がいちばん喜んだかを話してみてください。古い写真を広げながらの昔話は、世代を越えて笑い合える、あたたかなひとときになるはずです。